秋津野ガルテン 都市と農村の交流施設

秋津野ガルテンの概要

  田辺市上秋津地域に平成20年11月11日オープンした秋津野ガルテンは、大きな楠の樹と旧上秋津小学校の校舎がシンボルとなっています、都市と農村地域の交流を楽しむための体験型グリーンツーリズム施設です。
 地域の野菜をふんだんに使ったスローフードレストラン『みかん畑』ほか、宿泊、農業作業の体験や地元の柑橘を使った、お菓子づくり体験の『バレンシア畑』や、みかんの樹オーナー制度、市民農園など、ここ上秋津の魅力がふんだんに詰め込まれています。

木造校舎は原風景

 秋津野ガルテンの体験棟は、平成18年の3月まで実際に田辺市立上秋津小学校として利用されていました。
 秋津野の自然に溶け込む佇まいの木造校舎は昭和28年(1953年)に建てられ、まもなく70年をむかえようとしています。ギシギシと音の鳴る廊下や日だまりの軒先。芝生のある中庭を見に訪れる大人たちは、子供時代の自分たちの昔に重ね合わせ、「ここに来ると懐かしい思い出が蘇ってくる」と言います。スイーツ体験工房の前(旧職員室)には当時の子供達が昭和51年に埋めたタイムカプセルの碑があります。将来これを掘り起こす時、ここで生まれ育った卒業生達が自分たちの校舎前で集い思い出を語る。そんな素晴らしい置き土産を残してくれているのです。

みんなでつくった秋津野ガルテン

 秋津野ガルテンを運営する農業法人 株式会社秋津野は、全株主の半分以上、そして取締役員の3分の2以上が農業者です。出資者は489名で資本金5180万円でソーシャルビジネスで地域の活性化のための事業を行う株式会社です。
 上秋津地区は、既に平安時代には集落が形成されていたと言われ、熊野古道の大辺路、中辺路ルートの分岐点田辺市にあり、右会津川を上ると日本3大美人の湯とされてる龍神温泉を経て、真言密教高野山に至る、南紀の海岸地域と紀伊半島の山村文化をつなぐ役割を持った農村文化圏として人々の交流を担ってきました。
 しかし、明治22年の大水害により地域のほとんどが壊滅。その後数十年をかけて住民が力を合わせて復興し、その時の協調精神から1957年(昭和32年)に和歌山県で初めての社団法人「愛郷会(あいごうかい)」が発足します。愛郷会は「得られた収益は、地域全体の公益のためだけに使う」ものとして、教育の振興や住民福祉、環境保全等の活動に対して財政支援を行うなど、自主性を尊重するとともに住民同士が一つになった現在の村づくりの基礎を形成しました。
 人の和はその後もさまざまな組織や運動へと広がり、生産農家と住民との交流イベントの実施や環境への取り組みなどがおこなわれました。また地元を支えてきた農業に関しても、多品目の周年収穫体制の確立や農道の整備や集落の排水事業など、地元のみんなが参画し、みんなで行う全員参加のまちづくりを行ってきたのです。

地域課題をソーシャルビジネスで

 上秋津地域の住民は昭和30年代より、一段一段、階段を登るがごとく、住民の手で小さな地域づくりを重ねてまいりました。地域づくりは、いたずらに行政をあてにするのではなく、住民ができることは住民がする。そして必要に応じて行政の支援・協力を仰ぐ。多くの住民の総意は行政を動かす力になることを、これまでの地域づくりで住民が経験し学んできました。
 今、農業や農村を取り巻く環境は厳しく、人口減少、高齢化、廃園や遊休地の増加、担い手や労働者不足など、さまざまな問題があります。私たちの地域づくりは農が基軸の地域づくりです。グリーンツーリズムはその解決法のひとつとして注目されています。
ガルテンとはドイツ語で庭。ここ秋津野ガルテンは単なる観光や地域振興のみならず、地域住民も集える地域の庭としての役割も担っています。
そして運営は、地域のコミュニティービジネスの手法を用いて、ソーシャルビジネスの考えで運営を行っています。


▲ページトップに戻る